オリジナルの器・陶人形制作工房、北海道の里の夢、道里夢へようこそ

池田富次

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骨壺のはなし

骨壺の注文が舞い込んだ。

今まで、色々なやきものを作ってきたが、骨壺の制作は初めての体験だった。
なんでも注文主の話では、生前その骨壺に入るお方はとてもやきもの好きな人だったそうで、今回お墓を建立するに当たって、いわゆる一般的な白磁で出来た寸胴形の量産ものの骨壺では何か味気ないので、是非とも故人の希望に叶う骨壺を作ってもらえないかという話であった。

製作期間3ヶ月を戴いて、約30個の試作品を作り青白磁の骨壺を納品することが出来た。しかし、困ったことが一つ出来たのだ。

作品を入れる桐箱に箱書きをしなければならない。

まさか骨壺とは書けなくて、さんざん考えたあげく「青白磁蓋付壺」と箱書きさせていただいた。

なお、試作品で作った「青白磁蓋付壺」が何点か残っているので展示室に飾っている。

聞いた話によると、生前から自分の気に入った骨壺を購入し、花入れ等に使用したり、床の間に飾るなどして必要になった時にお使いになる方も居られるらしい。

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新しい陶器をお使いいただくとき

陶器は大変吸水性の高いものなのだ。

新しい乾いた「やきもの」をそのままお使いになると、食べ物の汁や醤油などが器の中に浸み込み、汚く汚れることがある。

はじめにお使いになる時は、半日くらい水の中に浸し、充分に器を湿らせてお使い下さい。

普段はお使いになる前に少し水につけるくらいで充分です。又、食器乾燥機をお使いの時は、器が完全に乾いていますので充分に水に浸してからお使い下さい。

使い終わった器は、出来るだけ早くたわし等で水洗いをして下さい。

器を何時までも長く、きれいに、お使いいただける事を願っています。

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僕の仕事はやきものや

いつのことか忘れしまったのだが、札幌の居酒屋で何人かの人たちと飲む機会があった。まあそれぞれが、初対面ということもあって自己紹介をしながら飲み始めた。
会社役員、団体職員、開業医と、順番に話が進み、僕のばんになった。「私は蘭越町でやきものやをやってます。」といった後、何年ぐらい?という質問があったので「東京で20年ぐらいやって、北海道に移ってきました。」と応えた。

すると、隣にいた人が、蘭越と言えばニセコの方だろう。そうだと頷くと、お宅のような商売をするなら、そんな田舎より都会だという。それも札幌のススキのあたりでないと儲からないともいった。変なこと言う人だと思ったけれど、初対面の緊張もあって、その話は軽く聞き流した。

すると今度は、プロの目から見てここの焼き鳥の味はどうかというので、「なかなかいい味ですよ。」と言ってから気づいた。

勘違い?そういえばカウンタ-越しに見える、この店のマスターらしき人の風貌と自分を比べると似てなくはない。

短髪と髭面、そして、厨房を動き回る動作も何となく工房で作陶している自分自身に似ている様に思えてきて、おかしな気持ちだ。でも断じて僕は、焼鳥屋さんでもなければ炉端焼き屋さんでもない。

食べかけの焼き鳥が載せてある皿を指さし、陶器を作っていることを相手に伝えた。誤解が説けた後は和やかに酒を酌み交わすことになったのだ。そういえばもっと昔の話になるが、大学を卒業し、ある工房で修行してたときのことだ。

その工房は東京の福生市にあった。米軍横田基地がすぐ目の前にあり、古い米軍ハウスの団地の一角にその工房があった。村上龍の小説限りなく透明に近いブルーの舞台にもなったところだ。当時、その米軍ハウスには若いミュージシャンや絵描き、彫刻家、彫金作家、はたまた怪しげなアーティスト達が昼も夜もなく活動していた。一種独特なエネルギーがその周辺に満ちみちていたこと、今も覚えている。

ある日、窯場で本焼きの準備をしていた。いわゆる窯詰めの作業である。成形して乾燥した作品を窯の中に整然と並べる作業だ。やっとのおもいで作品を窯の中に詰め終わって、大きなガス窯の扉を閉めて一息したところに、何人かの人達がこっちをずっと見ていることに気づいた。そして何やら話し合っているようだが日本語ではない。

ベースの米兵達だ。3人の黒人兵がニヤニヤしながらこちらを指さし話をしている。その中のひとりが「ハーイ」と声をかけてきた。ドギマギしながら「ハーイ」というと何をしているんだ?と別のひとりが声をかけてきた。

「やきものを焼いているんだ」と答えると「オーヤキイモ オイシイネ!」と、たどたどしい日本語で答えが返ってきた。「ヤキモノ オイシイ?」・・・。

彼らにとって「やきもの」と「やきいも」の発音はとても似ているらしい。そのあと、ぼくのヂェスチャーいりの英語でなんとか誤解が解けたが、考えてみるとたぶん外国人と初めて会話を交わしたのはこれが最初だったような気がする。

ともかく最近の僕は気恥ずかしいけど「陶芸家」と名乗っているが、これもまた困ることがあるのだ。陶芸家と名乗ると必ずと言っていいほどその後に「先生」といわれることだ。これがまたとても居心地がわるい。とくに年長者に言われるとさらに身の置き場に困るのだ。

だからやっぱり「やきものや」で通す様にしようかと考えている昨今である。

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悲しい夏物語り

北海道の夏は短いのである。特に今年の夏は寒い日が多かったように思う。でもやはり夏は夏である。

7月後半から8月中は、土・日毎にイベントの目白押しであった。

お盆の前後は夏祭りや花火大会、アウトドアでの焼き肉パーティやなんやかんやで、大忙しなのである。もともと、イベントやお祭り好きが仇になって、それぞれの行事の役員やスタッフを頼まれ、二つ返事で引き受けたは良いが、こう毎日打ち合わせやなんやかやで出歩くとさすがに疲れが溜まってくる。

そんな時に、右手の人差し指に異常を感じた。些細なキズからバイ菌が入り、どうも化膿したらしい。3日も経つと、その人差し指が親指ぐらいまで腫れてしまった。心配した家族には「拇印が人差し指で押せるぞ!」と馬鹿なことを言っていたが、さすがに痛さには勝てず病院へ行くはめになったのだ。

「かなり化膿してますね」と医者が言った。「針で穴をあけ、膿を出しましょう」と言うので、素直に頷いたが・・・・ちょっと!ちょっと待って!!

医者が持っているのは、どう見ても針ではなくてあのバーベキューに使う金ぐしなのである。パンパンに腫れた人差し指に・・グサッ。

なんとか激痛に耐えてクスリを貰い家路に着いた。これで暫くは指が使えなくなる、当然ながら陶芸家としては仕事も休みなのだ。

しかし、困ったことに陶芸体験の予約がその後入ってきたので、ゴム手袋か指サックをして仕事をしょうと思いたち、薬局に行った。

「ごめんください!あの〜サック下さい」

「はい、こちらでございます。1000円・1500円・2000円とございますが」

高い!!と思いながら、店主の目線の先にあるものを見ると、なんとそこには

「うすうす」とか「ゼリー付」とか表示してある小箱があった。そっそれはコンドーム?一瞬、人差し指にコンドームを付けて粘土を練っている自身を想像したが「ちがう?違う!そうじゃない!」と心の中でうち消し、ホータイぐるぐる巻きの右手の人差し指を差し出し「指にはめるゴムのサックなんですが・・・」と言うと、「あっそうですか」と店主は無表情に子引だしの中から大・中・小の三つのゴムサックをカウンターに並べて「一つ50円です」と言った。

大きいのと小さいのと2つ買って、その後「お大事に」という言葉に送られ店を出た。

ともかく、そんなこんなで8月中は指の怪我のため、バイクにも乗れず、カヌーも出来ず、ソフトボール大会も見学で、大好きな温泉にも行けず。

当然ながら、家作りの大工仕事もままならず。

悲しいトホホの夏になってしまったのだ。

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